1. 『アメリカ音楽史』は序文と本文で主題(偽装)の扱いが異なるのではないか?→解決、そんなことはない

    大和田『アメリカ音楽史』は「自己表現としての音楽」ではなく、偽装、すなわち他者になりすますことを駆動力としてアメリカ音楽が発展してきたことを論証する大変おもしろい本なんだけど、主題の導入に疑問点がある。

    つまり、序文では「偽装『願望』がアメリカ音楽の中心に備わっていることを論証する」とあるんだけど*、本文では、(願望があったかどうかは触れずに)「偽装」を説明原理として導入している。これは矛盾、あるいは序文として不適切ではないだろうか。なぜなら、――「偽装」が本書の根幹をなす主題であることは言うまでもないとして――アメリカ音楽を貫く縦糸として「偽装」行為があることは本書においてかなり説得力のある形で提示されているけれど、彼らに「偽装願望があった」とまで言ってしまうと、そうとも言い切れない、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、といった部分が出てきてしまうのではないかと思う。黒人ブルースマンが白人の要望に応えてエレキをアコギに持ち直す、これはたしかに「偽装」だし、白人の欲望を内面化する黒人、という「ダイナミックな欲望の交換」もたしかにあると思う。だけど、彼らに偽装願望があったか……それを論証することはかなり困難なのではないか。

    *「はじめに」にはこうあります。

    >だが、本書はこうした素朴な実感に反して、アメリカのポピュラー音楽を駆動してきたのは「他人になりすます」欲望であることを論証する。自分を偽り、相手に成り代わり、別人としてふるまい、仮面をかぶる、こうした<偽装>願望が創造力の中心に備わっており、その欲望を原動力としてアメリカのポピュラー音楽は発展してきたのだ。

    また、裏表紙にはこうあります。

    >音楽シーンの中心であり続けたそれらのサウンドは、十九世紀以来の、他者を偽装するという欲望のもとに奏でられ,語られてきた。

    これらの文章から、「アメリカのポピュラー音楽の中心には偽装願望がある」と著者は考えているのだろう、と読み手が思うのは、そう悪意のある読み方ではないと考えます。


    付記。twitterで反応があったので、togetterしました。

    結局、私の理解&知識不足だということで解決。具体例をいくつも挙げられてみると、説明原理として偽装(およびそれへの願望)を導入することでいかに多くのことがすっきり説明できるかがよくわかる。

    ご指摘頂いた皆様に感謝します。

     
  2. 村上龍『超伝導ナイトクラブ』:気楽に読むには悪くない

    銀座の路地裏にあるバー、通称「超伝導ナイトクラブ」に集うのは光ファイバーや遺伝子工学などの先端技術を専門にするハイテックなスノッブたち。バカラのグラスでシャンパンを水のように流し込み、変態性癖を晒し、それぞれの抱える悩みを(非合法な)先端技術で解決する。

    まことに悪趣味というほかないが、超伝導ナイトクラブに巣食う80年代後半の成金に対し、英国帰りの一見さんを登場させて、いるよねえ、こういう「スタイルのない人たち」と鼻で笑わせたり(結局彼も小市民ということがわかるんだけど……)、田舎者のホステスが「なんかああああ、ママさんってええええ、わかってるうって感じっていうかあああああ」から突如としてハーレクインロマンス作家へと変貌を遂げ客観的な独白をし、挙句その反動としてものすごい罵倒表現を吐き散らし……などなど、吉行淳之介が芥川賞の選評で「因果なことに才能がある」と評したのももっともだなあと改めて納得。浣腸やムチ打ちと超伝導の専門用語をごちゃ混ぜにラップをかますなんてのにはのけぞった。

    雑誌に不定期連載という形式をとった本作は、各章が矛盾しないように配慮するなんてもともと気にしてないようだし、読んでいてだらけるところもある。『半島を出よ』のような壮大な長編に比べればたしかに劣るけど、これはこれで悪くないと思います。

     
  3. 23:15 12th May 2012

    Notes: 1

    Tags: book

    シン『フェルマーの最終定理』:350年に渡り数学の最高の難問として君臨した定理の証明やその意義を明快に書いた素晴らしい本

    暗号解読』のサイモン・シンの出世作。

    ピュタゴラス教団について触れた後で暗黒の中世をすっ飛ばして17世紀のフェルマーに至るのは、『磁力と重力の発見』で近代科学が成立するまでにいかに重要な発展が(時に大きな回り道や高い障壁があっても)蓄積されたかを読んだ後ではなあ、と鼻息を荒げて読んでいたけれど、フェルマーが座右の書として学んだのがディオファントスの『算術』か……ならば仕方あるまい。

    フェルマーの生きた17世紀の社会状況を丁寧に描写し、その後、最終定理への挑戦を、天才数学者オイラー、谷山・志村予想、そしてついに最終定理を解いたワイルズまで明快に書かれている。最終定理を解くまでの道のりは数学の最高峰なわけだけど、本書を読めば、偉大な女性数学者ジェルマン、ゲーデルの不完全性定理、といったこともなんとなくはわかるようになる。無限ホテルの話とか、嘘つきのパラドックスとか、たまにtwitterで流れてくる「ある経済学者と物理学者と数学者が……」なんかの元ネタもある。無理数の証明など補遺も充実している。

    350年も完璧な証明を拒んできた問題があったということ、そしてその定理の証明には現代数学の粋が詰まっていた、というのは数学という文化の素晴らしさをまざまざと語っているし、非専門家には(専門家であっても、らしい)理解が極めて困難である数論の世界を、なるべくごまかすことなく、かつ明快におもしろく書いた素晴らしい本。

    もともとはBBCのドキュメンタリーで、公開されている

    NHKによる吹き替えはこちら

     
  4. bridges to babylonコンサートがそのままあがってるじゃねえか

    この年でミックの動きに笑&目が離せない

     
  5. 02:04

    Tags: music

    1分20秒あたりで感極まってるおっさん、you are my friend…

     
  6. 冒頭のやりとりがなぜか日本語字幕

    Charlie Parker & Dizzy Gillespie

     
  7. 大和田『アメリカ音楽史』:白人と黒人(そしてラテン系)の欲望が渦巻く中から立ち上がってきたアメリカポピュラー音楽史を、「偽装」をテーマに読み解く

    文化系のためのヒップホップ入門』がおもしろかったので。

    本書の目的は主に2つある。

    1. ブルース、ジャズ、ロックンロールをはじめとして、アメリカで生まれたさまざまな音楽ジャンルが、どのように形成され、発展してきたのかをたどる。現在まで蓄積された研究成果の紹介。

    2. これらアメリカのポピュラー音楽史を、「偽装」をテーマに読み解く。その駆動力となったのは、「自己表現としての音楽」ではなく、「他人になりすます」欲望であることを論証する。

    1番目のものについては文句なし。これまでの正史・通説をざっとまとめ、当時の社会状況を概説し、往々にして批評とは相性の悪いポピュラー音楽を体系的に論じることの意義や魅力を知ることができる。エルヴィスがいかに過小評価されているか――彼の業績に比べれば、ビートルズやローリング・ストーンズなどはちょっとセンスのいい青年みたいなものだ――、あるいはジャズにおいて革命といえばビバップだけど、モードの成立もそれに劣らず――ジャズをコード進行(ヨーロッパ音楽)の束縛から解放し、大衆音楽から鑑賞する芸術へと押し上げた意味で――重要だ、という指摘は非常に説得力がある。

    本書の主題である2番目、「偽装」について。

    ・白人(ユダヤ人やアイルランド人が多い)が黒人を戯画化して演じたミンストレル・ショウを、今度は黒人が演じるようになる。この偽装ひいては欲望の重層構造こそアメリカポピュラー音楽を読み解く鍵だ。

    ・フォーク・リヴァイバルによって「再発見」されたライトニン・ホプキンズやジョン・リー・フッカー、彼らは当時すでに電化していたが、泥臭く商業化されていないブルースを求める大衆のためにアコースティックに持ち替えた。

    ・ユダヤ人が多くを占めたティンパンアレーはラグタイムやジャズをはじめとした「黒人音楽」を表象することで次々とヒット曲を生んだ。

    これらのように、ジャズやロックンロールやファンクやヒップホップが、いかに偽装――白人(例えばエルヴィスが性的魅力を強調して)が「黒人音楽」を演奏し、また黒人は自ら進んで戯画化された黒人像、ホットで力強く商業化されていない黒人像、を引き受け、といった具合に――のもとで、白人と黒人の欲望の渦巻く中で「ポピュラー音楽」が立ち上がってくるのかを論証する。

    大衆の好みに合わせて形を変えるような商業音楽は(本書でもハモンドがジャズについて言っているように)芸術としては一歩劣るかというと、そんなことはない。冒頭でも(マクベスを演じる俳優についての議論を引き合いに出して)指摘されているように、商業主義と退けてしまうのではなく、大衆のために形を変えながらも豊穣な文化を提供してきたアメリカ音楽の理解を深めるために本書がある、というのが正しいかと思う。

    「自己表現としての音楽」と、これまで何の疑いも持っていなかった価値観がぐらりと揺らぐ体験で、最後には黒人と白人だけでなくラテンの系譜を取り入れた研究の一端なども紹介する。

     
  8. アゴタ・クリストフ『どちらでもいい』:ファン以外に読む価値があるかというと…

    アゴタ・クリストフが詩人としても素晴らしいのは他の作品から明らかなことで、短編集である本作も楽しめるには楽しめるんですけど…

    訳者あとがきにもあるように、断片的な散文詩が後の長編でどのように花開いたのか、あるいはただの寄せ集めとはいえときにきらりと輝く部分に注目するのはたしかに興味深いんですが。ファン以外におすすめする本ではないと思います。

     
  9. フィッツジェラルド『ラスト・タイクーン』:「未完の最高傑作」は言い過ぎだと思うけど、たしかに完成しなかったのはあまりに惜しい作品

    序盤に出てくる飛行機とか老俳優とかはその後には出てこないし、語り手セシリアの視点も途中でずれてくるというか、作者がときたま顔を覗かせているように感じるのはやっぱり未完の遺作だからなのかなあ、と初めて読んだときにはちょっと驚いた。

    それでも、それらは作品において重要なモチーフであって、後にどういう役割を果たす(予定だった)のかが末尾のノートに具体的に書かれているし、作家が物語をどうやって紡ごうと考えていたのかを、不完全ながらでも辿ることができるのは興味深い。

    『グレート・ギャツビー』を引き合いに出すまでもなく、著者の調子がいいときにいかに素晴らしい文章を書くか知っている者は、これが完成していたらどんなによかったろう、と思わずにはいられないだろう。よく練られた構成、主題の対比、語り手の視点、そして自身はついに最後まで映画界から「他人」であり続けたヒロイン……しかし、ここで未完に終わってしまうところもまた「フィッツジェラルドらしい」と言えないこともないのではないかというのは、あくまで私の感想です。

     
  10. 長谷川、大和田『文化系のためのヒップホップ入門』:ヒップホップの(興味はあるんだけど)良さがわからない……という人に

    ヒップホップねえ、まあ興味ないことはないんだけど、あのゴールドチェーンなマッチョがビッチをはべらせて車を乗り回して「俺が最強だぜメーン」とか「仲間を傷つけたお前は許さねえぜイェー」はちょっとなあ……という人(つまり私のような)初心者を対象に、ヒップホップの誕生から語り起こし、どの地域でどういうジャンルがあり、ということをわかりやすく論じている。

    淡々と概観するだけではなくて、対談ならではの遊び心に富んだやりとりがおもしろい。ラップと政治性・精神性なんかを結びつけて論じたがる人がいるけどそうじゃないよ(そもそも単なる言葉遊びだよ)、というのは爽快だし、ユダヤ人が顔を黒塗りすることで「黒人を演じる白人」を「偽装する」、つまりユダヤ人から白人へと格が上がって云々、というのも興味深い(「偽装」をキーワードにアメリカ音楽史を歴史化する、というのは大和田『アメリカ音楽史』の主題らしい。読もう)。

    ほかの音楽ジャンルが好きなだけに、街中で耳にすると気分を害してさえいたヒップホップだけど、これを機にずっと親しみを持つようになった。早くもNas、Eric B. & Rakimあたりはツボか……(ギャングスタ・ラップはやっぱりちょっと時間がかかりそう)

     
  11. image: Download

    『アーティスト』は素晴らしい映画で、フラッパーを見事に演じたベレニス・ベジョはアルゼンチン生まれ・フランスで活動する女優・コメディアンらしい(wikipedia)
しかし彼女がコメディやってるのって検索しても出てこないなあ。そもそも英語版wikiには&#8221;actress&#8221;としか書いてないし ううむ

    『アーティスト』は素晴らしい映画で、フラッパーを見事に演じたベレニス・ベジョはアルゼンチン生まれ・フランスで活動する女優・コメディアンらしい(wikipedia)

    しかし彼女がコメディやってるのって検索しても出てこないなあ。そもそも英語版wikiには”actress”としか書いてないし ううむ

     
  12. ロンボルグ『500億ドルでできること』:世界の諸問題に経済学的に優先順位をつける

    Cool It がおもしろかったので。

    世界のためにあと500億ドル使えるとしたらどの問題から解決するべきか? というコペンハーゲン・コンセンサスの要約。

    議論の題目は、地球温暖化、感染症、内戦、教育の欠如、政治腐敗、飢餓と栄養不足、人口と移住、水、貿易障壁。

    彼らの提言は、HIV/エイズ対策に270億ドル、栄養失調と飢餓対策に120億ドル、貿易障壁の削減(あまりお金はかからない)、マラリア対策に100億ドル、といった具合だ。

    さて、よくある(幼稚な)疑問としてはこうだろう、つまり「全部やるべきでは?」「気候変動だって大事でしょ?」「問題に優劣をつけるなんて倫理的にむにゃむにゃ」

    コペンハーゲン・コンセンサスはそもそも「世界にはあまりに多くの問題が山積しているので、すべてを直ちに解決するための資源がない」という前提から出発している。そこで、それぞれの問題解決に要する費用と、そこから生じる便益に的を絞って議論している。

    これだけ多岐に渡る諸問題を、費用・便益を尺度にして(まがりなりにも、と譲歩をつけるにしても)優先順位を議論できるという経済学の効能を表す例である。各題目についての基調論文のあとに、それぞれの反論も載せられていて議論を深めている。

    Copenhagen Consensus Center (CCC) のWebsite